前世の物語
そなたは光海四年、ある平民の家門に生まれた。そなたの父は山奥にて猟師として暮らし、そなたの最初の玩具は小さき弓であった。最初の風景は山であり、最初の友は風であった。弓弦を引く震えがそなたの最も馴染み深き感覚であった。 五歳にして初めて小さき鳥を射止めた。父はそなたを褒めず。「一矢の矢たりとて軽んずるなかれ。それは一つの命なり」。そなたはその日初めて弓を持つ者の重みを知った。 十歳になる年、独り山を歩み始めた。鹿を追いながら呼吸を学んだ。息を殺し、心を鎮め、弓弦をゆっくり引く法。一矢に全てを込める法を。それは単なる狩りの技にあらず、己自身を治める修練であった。 十五になる年、里の弓矢大会に出た。皆の予想を覆し一等となった。その日一人の武官がそなたを見て申された。「お前は軍に行くべき人なり」。そなたは躊躇うた。山を離れたくなかった。されど母が申された。「才はそれを必要とする所にて用うべし」。 十七にして軍門に入隊した。弓兵部隊であった。そこにてそなたは山中の猟師にあらず、軍の一人となった。同僚が出来、規律が出来た。初めは息苦しく思いしも、間もなくその中に新しき意味を見出した。共に弓を放つこと、共に敵を防ぐこと——それは独り狩るとは異なる充足であった。 二十にして部隊の名弓として知られた。百歩離れし的をも一矢にて当てるを皆が見た。されど自惚れず。毎暁弓矢の練習をした。「一矢に全てを込める」——それがそなたの座右の銘であった。 二十五になる年、辺方にて大いなる戦闘があった。女真族の侵犯であった。そなたの部隊は山岳地形にて弓を以て敵を防いだ。そなたは無数の敵を防いだ。同僚一人が危機に陥った時、そなたの一矢が彼を救うた。同僚らはそなたを英雄と申したが、そなたはただ己が仕事を為したのみと申した。 三十になる年、一人の処女を迎えた。同郷の平民の処女であった。そなたらは遅き婚姻なりしも深かった。二児を儲けた。そなたは毎暁弓矢の練習をし、二児が育つに従い彼らにも弓を教えた。されど子らに軍門に行けとは申さず。「才を何に用うかは汝らが定めよ」。 四十になる年、大いなる任務を受けた。辺方の新しき鎮を構える仕事であった。そこにて十年を過ごした。毎日弓弦を引き、毎日部下らを教えた。部下らはそなたを尊敬した。そなたが常に己より多くの矢を放ったゆえに。 五十になる年、そなたの視力が弱まった。最早百歩の的を当て得ず。そなたは部隊を去った。子らと共に山里に戻った。 五十八のある秋、そなたは最後に弓を取った。庭に小さき的を据え、一矢を放った。それは的の真ん中に正確に当たった。そなたは弓を置き微笑んだ。その夜いつものように眠りにつき、二度と目覚めなかった。 そなたの弓は長子に渡った。長子も名弓となった。そなたの教えは孫にも伝わった。 そなたは一矢の矢の如く生きた。正確に、揺るがず、全てを一点に込めて。それがそなたの人生であり、そなたが残した精神であった。




