前世の物語
そなたは正祖八年、ある両班の家門に生まれた。家門は清廉なることで名高かったが、富には恵まれず。そなたの父は司憲府の持平を務め、幼き頃よりそなたに正義とは何かを教えた。「法は強き者のためにあらず、弱き者のためにある」——それが父の言葉であった。 十歳にして四書を諳んじ、十五にして郷試に合格した。されどそなたの関心は学問より人にあった。漢陽の街を歩けば、腐敗した役人に殴られる民があり、両班に田地を奪われた農夫があった。そなたの胸は熱かったが、年若くして為す術もなかった。 二十二にして大科に及第した。されど漢陽の良き席を辞した。王に願いて外官として赴いた。そこにてそなたは民の真の暮らしを見た。旱魃が来れば餓死する者あり、腐敗した守令がその間にも己の腹のみ満たしておった。 そなたの報告書が漢陽に届いた時、王はそなたを覚えていた。正祖は民を愛した王であった。王はそなたを漢陽に召し、その夜二人きりで会いて申された。「暗行御史となれるか」。そなたは即座に跪いて答えた。「臣、命を奉りまする」。 二十八になる年、そなたは馬牌を受けた。平民の衣を着、姿は乞食の如く。そなたは八道を巡った。忠清道では衙前らの不正を摘発し、全羅道では使道の殺人を明らかにした。慶尚道では田地を奪われた農夫百人を救った。「御史出頭なり!」というそなたの叫びは、腐敗した者には雷であり、民には甘雨であった。 三十の頃、そなたは一人の処女に出会った。平民の処女であった。そなたらは短くも深く愛し合ったが、そなたの運命は一処に留まることを許さなかった。そなたは去り、そなたは戻れなかった。その日以来、そなたの心の片隅には常に空席があった。 三十六になる年、そなたは最大の不正を発見した。一人の権力者が王を欺き民の田地を奪っていたのだ。その者は漢陽の高官大爵であり、そなたを殺すべく刺客を送った。そなたは逃げなかった。王に報告書を上げ、その者が処罰されるを見て初めて心を放った。 四十になる年、そなたは最後の任務を受けた。平安道の使道が民の穀物を奪っているとの報告であった。そなたはそこへ向かった。ある山道にて伏せた刺客らに出会った。そなたは最後まで戦ったが、ついにその場で倒れた。そなたの最後の言葉は「御史…出頭…」であった。 王はそなたの死を聞き慟哭した。そなたの馬牌は王が自ら収め、そなたの名は御史録に永遠に残された。そなたが救った民らが後日そなたの墓を訪ねて礼を捧げた。彼らの中にはそなたが救った農夫の孫もいた。 そなたは正義のために生き、正義のために去った。そなたの叫び——御史出頭なり!——それは今もどこかで、不正に立ち向かう誰かの胸の内に響いておるやもしれぬ。




